達磨さん開眼!!

ついに、、、、この日を迎えることができました(涙)

今回は病気になってからの経緯を記録しておこうと思うので、

興味のある方だけご覧くださいませ。

2019年8月15日から始まり、
2020年2月5日の今日、長かった入院生活を終えることができました!!

2020年8月15日、1ヶ月くらい前から喘息のような息苦しさは感じていたが、小児喘息が再発?したかと思い、呼吸器科にかかり薬をもらって飲んでいたけど改善せず。その日は座ってるだけなのにApplewatchが「心拍数が120になってます!!」とアラートしていた。なんかおかしいから帰って寝た方がいいなと歩いて帰る途中に急に具合が悪くなる。自分で#7119に電話し、そのまま救急車を呼んでもらい搬送され武蔵野徳洲会病院に入院。

心臓の動きがかなり悪く、心臓内に5cmの血栓ができているのが判明、脳血管等に飛ぶ恐れもあったので、4日後の8月18日に脳外科がある杏林大学病院に転院。おそらく拡張型心筋症だと検査を始める。

1週間後の8月25日、東大病院の先生が心臓移植を前提に補助人工心臓をいれる治療に進んだ方がいいと説明に来てくれた。入院してからわずか10日。この時本人、家族全員が「そんなことしたい訳無いでしょ(苦笑)」と思っていたし、本人も即答で拒否。同じ病気で薬で病状がほぼ進まず管理できている父親の例を見ているので、「薬で治るでしょ」と皆んなが思っていた。

強心剤などの点滴で症状の改善を期待して治療を続けるも、悪化するばかり。9月19日、父親がお世話になっていた主治医のいる榊原記念病院記念病院に転院。余談を許さない状態で、2日後にImpellaと言う循環を助ける経皮的補助循環装置を装着し、6日間眠らせる事に。

7日後の10月4日に一度起こして再度東大病院の先生と面談。移植前提に補助人工心臓を装着することを受け入れないと、心臓が悪くなって止まるのを待つしかない事を説明され、私達や先生の必死の説得で、命を繋げるために茨の道でも前に進んでいかねばならない事を受け入れる。

心臓は通常の1割くらいしか動いていないギリギリの状態でまた眠らせて、Impellaと心臓の状態をモニターするSwan Ganzと言う機械を交換。4日後の10月11日にEcmoと言う人工肺とポンプを用いた体外循環回路も追加で装着した状態で、東大病院に転院。ImpellaとEcmoを装着しての救急車での搬送は日本初だったとか。そのまま8日間眠らせる。

10月18日、補助人工心臓(VAD)装着手術。

術後せん妄(幻覚・幻聴)や、手術後の痛みが強くリハビリも大変だったり、傷口の治りが悪く、再度傷を開いて掃除するデブリードマン処置をしたり。開いた傷口を縫い直したりで、退院がだいぶ長引き、手術後約4ヶ月でようやく退院(涙)、、、、長かった。

手術前の動けない状態が長かったので筋肉もほぼ無くなり、食事も取れず点滴でなんとか栄養を送る感じだったので、体重も入院時から25キロ減。手術後は本当に動けずスマホも持っていられない感じでしたが、手術から1ヶ月後にようやく少しずつ動けるようになりました。

杏林大学病院の時に、移植とかVADとかしたく無い!!って言ってたのに、粛々と移植登録のために必要な検査を進めてくださっていた先生方のおかげで、通常もっと期間がかかる移植登録がかなり短い期間でできたので、なんとか間に合った感じです。ほんと感謝しかない。。。。

そして入院してから何回「いつ(命が)どうなるかわからない状態です」って言われたか。途中からは腹も括れて「大丈夫!!」って思えるようになりましたが、乗り越えてこられたのは周りの皆んなが励ましてくれたから。でも自分が患者の立場だったら「もういいよ」と早々に諦めてたかもしれません。親より先に死んだらだめだと、生きる事を不本意ながらも選んでくれた息子はとても優しい子に育ったんだなぁと思います。でも私としては自分の人生を生き抜いて欲しい。親のために生きるのではなく。

今日は家に帰って早速料理してました。

唐揚げ美味しかったー!!

これから移植まで7年くらいかかるし、色々と心身共にトラブルもあるとは思うけど、周りの皆さんの力を借りてがんばっていこうと思います。

今後ともどうぞよろしくお願いします。

今日本で1000人居ないくらいのVAD患者の実際、普通の生活を送っている方には全く役に立たない情報かもしれませんが、必要としている方は確実に居ると思うので、これからも少しずつですが、日々の生活や移植に関しての情報など、書いて行くつつもりです。こんな治療・医療があるんだなーと知っていただけるだけでも幸いです!!

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